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まふまふ「生まれた意味などなかった。」歌詞の意味とは?解釈とネット上の反応

こんにちは‼ふんわりんぐのかつおです🐡

さて2019年8月29日

まふまふさんの新曲「生まれた意味などなかった」が公開されました‼

早速、「生まれた意味などなかった」の解釈をしていきたいと思います。

この楽曲は2019年10月16日に発売される

アルバム「神楽色アーティファクト」に含まれています。



「生まれた意味などなかった」歌詞解釈

「生まれた意味などなかった」の歌詞から

個人的ではありますが、解釈をしていきます。参考程度にご覧ください。

 

まふまふさんの公式LINEによるとこの楽曲は

「自分の内面みたいなものを久しぶりに形に出来た」と仰っていました。

それを踏まえて聴くとまた一層心に来るものがあります。

 

1番:Aメロ

厚紙の箱に捨てられた

命ならば値打ちはないか?

バス停 待合に渦巻く

見て見ぬふりの雑踏

「厚紙の箱に捨てられるもの」=

学校生活での感想文や自分の想いを伝える機会・自分の内面について書いたもの

であると解釈できます。

 

よってそれらは値打ちが無い。

正確には値打ちのないものにされてしまう。でしょうか。

 

「バス停 待合に渦巻く 見て見ぬふりの雑踏」

これは今の世の中についてだと考えられます。

他人事は見て見ぬふり。誰も動かない。

鋭い視線でお互いを嫌厭している居心地の悪い空間の描写。

 

書き損じはどうしようもないが

それに勝る反吐が出ないか?

その行方は今日日じゃ誰も知らない

「書き損じ」=

自己開示や自分を世間に写し出す際の失敗・心の中で言いたいのに言えなかったモノたち

 

「それに勝る反吐が出ないか」=

それらを抱え込んでいる自分に堪えきれなくなっている描写でしょうか

 

そしてそれらは誰にも知られることなく終わる

ここは様々な解釈が出来る部分だと思います。

 

まふまふさんはよく「今日日」を使用しますよね。

すごく響きが良く、素敵な表現だと関心します。

 

1番:Bメロ

母の手を零れた

小さな命は

後部座席に勝る価値もない

1家族にとって子供と共に過ごす時間は必要不可欠ですよね。

しかし、チャイルドシートで後部座席に乗って出かける

 

そんなたわいもない普遍的な日常すらも得られなかった子供を描写している

心を抉るようなシーンです。

 

たった3行の歌詞なのに、

事件やドラマの1つのように色々なことが頭の中で想起されます。

 

1番:サビ

何者にもなれる命で

救えるもの一つもないのだ

これほどに器用な手先で

救えるもの一つもないのだ

僕たちは

人間は器用で何にでもなることが出来る可能性を秘めている生き物であるのに、

何一つ救うことが出来ない。

そんな人間の無力さ、悲惨さを描いているのでしょうか。

 

最後の「僕たちは」という表現から

こんな曲は書けるのに何も出来やしない

何も救えやしない自分を責めている・悔やんでいるまふまふさん自身の心情

も感じ取れますね。

 

2番:Aメロ

底知れた愚鈍な世界だ

書き物に筆を取れども

ぶちまけたインクのそれが

ひどく適切ではないか?

「ぶちまけたインクのそれ」=汚い言葉・この世の醜さ、汚さを表す言葉・表現

これらを使って表現したものが適切ではないか?と考えてしまうほど、

 

この世の中は腐りきっている、

人間は醜いんだという失望感を描写しているのではないでしょうか?

 

死にたいかといわれりゃ

特に死ぬほどの孤独でもないが

生きたいかと問われたら

何も言えない

死ぬほどの巨大なマイナス要素も無いが

明日が来てほしいと思える希望も無い

 

ただ生きるだけの今の状況が死ぬよりも苦しい

だからといって簡単に死ぬこともできない

 

そんな振り切れない現状を描写していると感じました。

 

2番:Bメロ

虚しさに適した表情はどれだ

書き始めの言葉は

「生まれた意味などなかった」

「虚しさに適した表情はどれだ」

この表現ですが、amazarashi「空っぽの空に潰される」でも同義の表現があります。

「虚しい時にはどうすりゃいいの。教えて、教えて」

悲しい時には泣きますよね。

嬉しい時には笑いますよね。

でも虚しい時にはどうすればいいのか分からない

 

自分について書こうと思っても初めに出てくる感情は

「生きている意味がない」という虚しさだけである。

そんな解釈が出来ると感じました。

 

2番:サビ

先見えぬ小説を読めば

捲り終えぬ世界があるのか?

振り向けば崩れる足場で

明日から何処へ向かうのだろう

僕たちは

「先見えぬ小説を読めば捲り終えぬ世界があるのか?」

このフレーズから、終わりが見えている=希死念慮・自殺志願だと考えられます。

先見えぬ小説のように終わりを考えたくない、死にたくない、生きる意味を見出したい

そんな強い思いを感じられます。

 

「振り向けば崩れる足場で」=過去は全く良い思い出が無い、トラウマ、思い出したくないことばかり

明日だって結局崩れる足場へと変貌してしまう

そんな希望が見えていない心情を謳っているのでしょうか。

 

また、「僕たちは」の後にシャウト(叫び)が入っています。

まふまふさんが実際に経験している思いから生まれている叫びなのかもしれません。

またここまで謳ってきて心がどうしようもない言葉にできない感情で溢れかえったとも考えられます。

 

どちらにせよ、

まふまふさんが本気で伝えたいという思いが伝わってくるポイントですね。

ここは聴くたびに鳥肌が立ちます…。

 

Cメロ

アンノウン

「私は誰だ」「あなたは誰だ」

アンノウン

消しては書いて 丸め捨てては

アンノウン

自分一つが未だ書けない

生まれた意味などないのか

生まれた意味などないのか

生まれた意味などないのだ

「アンノウン、私は誰だ、あなたは誰だ」

このフレーズは、

自分も他人もみんな繕って生きているから本性が分からない今の世の中の皮肉

 

「消しては書いて、丸め捨てては、自分一つが未だ書けない」

周りの評価・世間体で埋め込まれてしまい、時を重ねるにつれて自分さえも分からなくなってしまったという描写

 

また、「生まれた意味などないのか」という疑問形から

「生まれた意味などないのだ」と言い切り形へと変わります。

 

時を重ねるにつれて生まれた意味はないと思うようになった。

初めはそうは思っていなかった。という心情が表れています。

2番:ラスサビ

事切れるものなんてないのに

救えるもの一つもないのに

この命に意味などないのに

優しい明日なんてないのに

行かなくちゃ

たとえ死に向かって歩いていたって

書かなくちゃ

当然余白も残っていないが

知らなくちゃ明日を

この途方もない暗海を

生きなくちゃ 生きなくちゃ

生きなくちゃいけない

始めの4行では「○○のに」という表現がされています。

 

「のに」は本当は分かっているという心情です。

  • 事切れるものは無く、全て終わりがある
  • 救えるものは無い(現状)
  • この命に意味はない(現状)
  • 優しい明日なんてものはない(現状)

だけど結局は生きていくしかない

 

何も変えられないこの世界に対しての諦めや失望感を持ちながらも、

途方もないこの人生を生きていくしかないという描写でしょうか。

結局のところこんなことでは何も変えられないから虚しいけど苦しいけど惰性でも生きていかなくちゃという思い。

 

後半のドラムが畳み込んでくるところも歌詞の想いがより一層伝わってきますね。

ハッピーエンドではなく、曲を聴く前より「生まれた意味」についてマイナスに考えてしまう余韻がとてもまふまふさんらしい曲かなと思いました。


神楽色アーティファクト (初回限定盤A CD+DVD) [ まふまふ ]


追記:2019年9月18日に新たに公開された楽曲

「それは恋の終わり」についての最速歌詞解釈を行いました‼

同じく新アルバム「神楽色アーティファクト」からの楽曲なので

まふまふリスナーさんは是非チェックしてみてください‼

公開後のネット上の反応

「生まれた意味などなかった」公開後のTwitter上の反応です。

皆さん待ち望んでいたことが良く分かります。

https://twitter.com/atr__s_m/status/1167028188968439808?s=20

皆さんまふまふさんに救われていますね。

自分もその一人なので気持ちがすごく分かります。

素晴らしい楽曲をありがとうございました。

新アルバム「神楽色アーティファクト」はこちらから予約可能です。


追記:まふまふさんの東京ドームワンマンライブについて

東京ドームでライブを行うことがどれほど凄いことなのか!

まふまふさん以外にライブをしたことのある有名アーティストなどもまとめました。

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