【夕刻、夢ト見紛ウ/After the Rain】歌詞の意味を解釈!【戻らない二人の日々】

まふまふ

After the Rainの新曲
夕刻、夢ト見紛ウ』について
歌詞の意味を筆者なりに解釈していきます。

筆者
筆者

メロディーはさながら
歌詞の物語にも涙します…。

楽曲について

2020年4月29日.30日にニコニコ動画・YouTubeで
MVが公開されました。

今楽曲の絵と映像は【7×2つの大罪】シリーズと同様に
くっかさんとお菊さんが務めています。

筆者
筆者

素晴らしい映像美にも注目です…。

語句の意味

当楽曲『夕刻、夢ト見紛ウ』の歌詞に使用されている
語句の意味をいくつかピックアップしています。

・仄めく=わずかに見える

・面映ゆい=照れくさい

・微睡み=うとうとする・眠る

・来し方行く末=過去と未来

・暇乞い=別れの挨拶

・贖う=買い求める

・今際の際=最期の時、死に際

・揺蕩う=気持ちが定まらずためらう

歌詞解釈

1番

ほのめく影が揺れる
いつから見惚れただろう
さよならしよう お別れしよう
キミが振り向くその前に

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

男女二人の恋の終わりが冒頭から描かれています。

ここでのさよならしよう/お別れしようとは
別離を悔やみながらも自分へ言い聞かせているのです。

今でも、お互いがもう一度目を合わせてしまえば、
より戻ってしまうほどに愛し合っていた。

よって二人を阻む別れは、意図していない
どうすることもできない別れであり、
望んでいない別れだったことが伝わってきます。

一面に咲き誇った桜でさえも、その日が来れば
散り落ちてしまうように、
二人の別れも抗うことが出来ないのです。

予報通りの雨は 萌木を濡らしていく
どこかへ行こう
四月の零すため息に乗せて 遠くまで

ひとつ 春を違えた時には
きっとすれ違う 明日だった
あれも これも 面映ゆい日々だった
この世の愛しく平等な
時間が来たみたいだ

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

これから先、二人は同じ春の下で一緒に居られなくなる。
それは肉体だけでなく、心までもが離れ、
すれ違う日々へと変わっていくのです。

そしてあなたと過ごした僅かな日々は
ひとつひとつ振り返ってしまえるほどに、
どこかぎこちなくも忘れられない時間だった。

さらに二人はこの別れを【愛しく平等な時間が来た
と捉えて、涙するのではなく、
条理を受け入れた上で優しい笑顔でサヨナラをするのです。

もう目先にちらつく別れの時間を愛しくも平等と
捉える奥ゆかさといったらなりません…。

桜 ふたりの夜を埋めた 微睡みでした
巡り合う想い 来し方行く末
集い ひとひら ふたひら 彩る
それは 夢と見紛うほどの 悪戯でした
やがて夜が来る前に 伝えなくちゃ

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

今までもこれからも二人の想いは
まるで桜の花びらが寄って桜になるように
同じ方向を示しているのです。

別離への拒否もその先の受け入れさえも
同じ想いだった二人。

だからこそ決してお互いが
自ら選んだ別れでは無かったのです。

そんな二人の泡沫の日々はまるで”悪戯“と思えるほどに
卑怯でありながら、それに夢中だった。

そして最後、二人が離れてしまう前に、
想いを伝えに行こうとします。

筆者
筆者

桜の情景と二人の心情がリンクして
感情があふれ出てきます…。

2番

手繰り 結わいた息吹 残された時なんて
幾許も無い それでも怖い
根を張る心が歯がゆいなあ

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

“息吹”とは吐き出してすぐに消えていくイメージ。

そんな息吹を手で探って結ぼうとするように
永遠に出来ないあなたとの時間を
永遠のものにしたかったのです。

目前に別れが迫っているのに、
まだ心が留まろうとする。

根を張る“という表現は、心の未練を感じさせながら
桜を想起させる洒脱な表現ですね。

そんなただ心がもがきながら
別れを待つもどかしさが強く伝わってきます。

今日日ありふれた 暇乞い
おしなべて購う様に
暗れ惑うほど 弱くはないさ
この世は等しく単純だ
咲けば散る花のように

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

別れを前にすべてを求めるかのように
泣きじゃくり、先をうろたえる。

このような別れの挨拶に対して
世間にありふれた一般的なものと捉えています。

そして自分たちはそれほどにうろたえることは無く、
ただ真理を受け入れていくのです。

物事には始まりがあって終わりがある
それは桜の花だけではなく恋にも同じことが言えるのです。

そんなどこまでも強く大人びた二人の中に渦巻く
寂しさや儚さ。

相手に迷惑をかけられないという想いさえも
二人に共通しているのかもしれません。

それは 今際の際を越えた 指切りでした
ゆくりなくも夢のような 時を辿る

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

ここでようやく二人の望まない別れの正体が判明します。

様々な解釈があると思いますが、筆者の解釈としては
彼は何らかの理由でこの先、この世界に居続けることが
出来なかったのだと思います。

更に死に際さえも越えた約束という表現からは
二人が一緒になる前から、
彼の症状は良好では無かったのではないか。

二人の交際には、そんな状況すらも乗り越えてやる
という強い想いさえも込められていたように感じるのです。

そして今、別れを目の前にし、
二人の日々が走馬灯のように駆け巡っていきます。

心残りだって ないわけないけど
揺蕩う 闇夜に宙を舞う
ありがとう ありがとう
あの頃よりも 前を向けたよ

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

筆者の解釈からすると、この時点で
彼はもう一緒の世界にはいないのだと捉えました。

彼女が発したと思われる「ありがとう」「前を向けたよ」
とは、直接彼に向かって言えた言葉ではなく、
彼女自身が心の中で呟いたに過ぎないのです。

様々な心残りを彼が逝ってしまう前に伝えようとするも
何も言えないままその別れが来てしまった。

それでも真っ先に出てくる想いは彼への感謝なのです。

桜 キミと出会えたことが 幸せでした
巡り合う想い 来し方行く末
集い ひとひら ふたひら 彩る
君と辿る 月夜を拒むほどの 遣らずの雨
それは夢と見紛うような
それは恋と見紛うような 時でした

『夕刻、夢ト見紛ウ』/作詞:まふまふ 作曲:まふまふ

ラストラビ。
想いが乗った歌声と心に刺さるような緩急のあるメロディーは
まさにクライマックスともいえます。

桜の花びらが一枚一枚とあるように、

二人の泡沫の日々は、ひとつひとつが
ただストレートに”幸せ“といえるほどに
鮮やかに彩られているものばかりでした。

それから月日が経って、場面は君のお参り。
その日は強い雨で
まるで君がその場に引き留めているような
土砂降りだったのです。

もう二度とは会えない二人の日々。
それは夢や恋と見間違えるような日々だといっていますが、
決して見間違えてなどはおらず、
これからも二人の中に残り続ける
どこまでも真っ直ぐな恋だったのです。

筆者
筆者

ラスサビの”君と出会えたことが幸せでした”

の入り方がエモすぎます……。

終わりに

いかがでしたでしょうか。

After the Rainの新曲
夕刻、夢ト見紛ウ』について
筆者なりにではありましたが
歌詞の意味を解釈させて頂きました。

桜と別れがマッチして
耳だけではなく、五感で聴くような楽曲。

まふまふさんの文学的な歌詞と
情景が浮かぶ季節味のある歌詞は
毎回素晴らしすぎます…。

拙い文章でしたが
最後までご覧いただきありがとうございました。

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